地球規模の危機こそが我々人類をして真の幸せへと向かわしめる

衆議院議員会館での講演『人類が共に平和に生き 続けるために』の要約

 人類をとりまく生存状況が地球規模で急激に劣化しています。その原因の最たるものとしての今の消費資本主義、グローバリゼーションの中のむき出しのエゴとそれが生み出す様々な苦しみへの反省から、未だ充分とは言えないものの持続的で平和な未来システムを構築してゆくための試みが、深い洞察のプロセスを経ながら各方面、殊に経済()との連の中から生起されつつあります。


 それらの思想(智慧)に共通して流れるものは、これまでのエゴ、自己利益を最大化する発想から、少欲知足、利他、共生を重視する視点です。


  これらは、我々人類にとって、人間の意識の成長と平和な関係(世界)を築き上げるための古代からの普遍の叡智と同様、否そのものであって、地球規模の深刻な危機的状況こそが、まさに我々をして叡智の修得・実践へと衝き動かしている、と読み解くことが出来ます。


 恐らく、今後そのことを避け経済成長神話に固執すればするほど、むしろそうした叡智の必要性を感じざるを得ない状況を目のあたりにすることになるでしょう。


 それは、人類を育み容れる器としての地球の余裕が最早ない、という最も切実な自然科学的知見=現実によっています。


 我々は、地球規模の危機というものが今どの程度のものなのか、またこれからどのようになると予想されるのか、ということを把握するところから出発しなければなりません。それは厳しい現実を直視することになるかも知れません。しかし、そのことを知らなければ、人類全体として今後どの程度のことを成さねばならないのか、ということの正しい指標を得ることは出来ないのです。 

 正しく冷静に把握し対処してゆくためには、先ず心の平安を培い深めてゆくことが大前提となります。心が不安定で動揺していたり怒りや欲望に支配されている場合は、自分(の生存)にとって都合の良い面は受け入れることが出来ても、もう一方の面を受けとめることは困難だからです。

 次に、私たちの意識の置きどころが、自分達の所属するグループ、会社、教団、党派、国家(国益中心)を最優先してゆく段階から、世界的視野からの観察と「私」や「私たち」を絶対視することなく、多種多様な視点を真に統合してゆく世界中心的意識へと進んでゆく必要があります。

 かつ、経済などの価値観に支配されない意識の状態に進化する必要性があります。それは、人類の意識が経済の価値の上に立つことで時代や地球環境などの状況に対応した持続的で幸福感のある世界の実現のために経済を使いこなす、或いは新たに創造することが出来る意識状態になる、ということなのです。

 人は皆幸せになりたいと思っています。しかし、幸せの求め方の違いがあります。これまでの経済成長至上主義のような幸福の求め方は、富、名声、権力といった外的な目標にもっぱら力を注いでゆくこととなります。これは、自分の意のままにならない外部への依存が高まり他の人との間の競争や緊張(ストレス)を生み出す、つまり平和や幸せとはかけ離れたものに結果せざるを得ないのです。

 それに対して、①人生の意味や目的・人間的成長・自己開発、②深い人間関係、③共同体への貢献(他人が目標を達成して幸福のレベルをあげるための手助けなどに心を砕く)などを追求してゆく人たちは、前者に比べ持続的で高い幸せの質の人生を送っているということが多くの心理学的調査から明らかにされています。

 ここで『人間の可能性の神髄』というスピリチュアリティの探求は、精神の深いレベル(たましい)の満足をもたらし、さまざまな矛盾を解消・超克してゆくという点で優れた意味をもちます。そして真のスピリチュアリティの深化は、必ず人間関係・社会・世界を正しく、平和なものへと変革するための運動へと展開してゆく(菩薩道)ものなのです。

 以上のようなことに目覚めた人々から漸次、人類普遍の叡智を胸に深い幸せへの道を見出し、未来社会を平穏と幸福感に満ちた持続的な在り方へと変革させてゆくことになるでしょう。そして、その運動はこの地上のさまざまな処の目覚めた人々によって既に起こり始めています。

 地球が人類やその他生物にとって生存不能な状態になる、或いは不可逆状態になる前に地球環境破壊、資源涸渇問題、精神的破壊、それら生存条件の悪化から起こるであろう紛争、戦争等の諸問題を共に手を携えながら解決したいものです。


それは、この時代に生まれ生きる人にとって共通のテーマであり、最大のワークと言えるのではないでしょうか。