何故医師をやめて出家したのか?

 当時も今も医師と言えば、世間的には遜色ないと見做される職業だと思います。

人の命や精神をたすけ、場合によっては救い、
それゆえ社会的尊敬され、地位と名誉があり、
経済的にも豊かで安定している。
しかも、さまざまな高度な学問や人々とも触れることが出来る。
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しかし、それは表面的なもので現実には、さまざまな問題や悩みが内在しています。
 
私が、医師を目指すきっかけとなったのは、中学2年生の時に発症した難病によります。
突然に下血して、それが連日しかも1日数回繰り返される、というものでした。近所のお医者さんを通じて大学病院に入院しましたが、結局診断もつかないまま次第に軽快し退院となりました。その後症状は、治まっていたのですが、高校に入学して間もなく再発し、それからが、徐々にですが、悪化の一途をたどってゆきます。毎朝十~二十回トイレにゆきそのたびにしぶるような苦しさとともに下血してゆく。そのためにやせ細り、身長180センチに体重40キロ台という状態でした。そのために学校には、通うのが精一杯で、バスで通っていたのですが、バス停で待っていることも辛く、風が吹くとゆらゆらっと身体が流されてしまうのです。もちろん勉強もスポーツも何も思うようには出来ません。一学期まるごと休学したこともありました。希望を失い、心は荒れ果て健康な人を妬み、家族特に弟に当り散らす毎日でした。それでも家族は、だまって耐え見守ってくれました。
そんな私にも転機が訪れました。高校三年生の時にようやく病名が判明して、東京の癌研究会付属病院に入院することになりました。これでおよそ十人目の医師との出会いです。当時の医師のイメージは、現代と少し違って、威厳と言いますか、気安くは会話も出来ないという感じの方が多かったように思います。大病院と言えばなおさらです。ところが今回の担当医は、とても気さくで
親しみを感じる方でした。入院間もなくの面談で担当の医師からこう言われたのです。
「君は、そんなに身体を大事にしなくていい。それよりももっと君のやりたいと思うことをやれば良いんだ」
これを言われた時には、頭をガツーンと叩かれたような衝撃でした。それまでの私は、ただただ身体を大事にしてきたのです。もちろんこれまでのお医者さんにもそう言われてきましたから・・・・・。
この時に私は、ハッと気づきました。
「そうか、身体を大事にするよりも、もっと大切なことがあるんだ。人生には、・・・・・」
そして「この先生は、今までの方とは違う。ほんとうに信頼できる」と思いました。
そうしたら、出たり止まったりしながらの全体として悪化の一途だった症状が、はじめて軽快に向かいだしたのです。しかも使っている薬自体は、以前と同じものだったのです。
それから間もなく、もうひとつの大きな出会いがありました。
それは、お坊さん(尼僧)です。私の病気が重いことを知った親戚の人が、紹介してくれたのです。
それこそ『最後の神頼み』ということでした。
どちらかと言うと科学少年であり、仏教など古臭く迷信かと思っていた私でしたが、その時は素直にお寺にゆきました。切羽詰っていたのですね。
そこで尼僧さんより病気平癒の祈祷をしてもらい、その後でお話を伺いました。正直のところ当時私は祈祷と言うものを信じていませんでした。病気というものは、医師が治してくれるもの、と思っていたからです。とは言うものの一応正座して真面目に受けました。私が、感動したのは、その後の尼僧さんのお話でした。それは、まずほんとうに親身に私のことを思ってくれている、ということが伝わってきました。言うなれば、親以上。そしてとても懐かしい雰囲気。いまの日本人が失った、しかし五百年、八百年の昔なら皆普通に持っていたであろう、とても素朴で素直な思いやり、真実と言うか・・・これは、私の勝手な表現ですけれども。
私は、この雰囲気に触れていたい、それが私がこのお寺を訪れる最大の理由でした。ですから先にも述べましたが、実はこの尼僧さんの祈祷で病気を治してもらいたいと思ったことはありません。ただただ、この真実、思いやりに触れていることが楽しみで、でもこんなものにふれていると結果として病気も良くなっさてゆきそうな気がしました。その通り、症状はさらに良くなってゆき、そのために体力も回復してきて進学のための勉強にも取り組めるようになったのです。この病気の経験があり、素晴らしい医師と僧侶に出会った私は、医科大学に進みたいと思うようになりました。
私が目指した医師像とは、
単なる医療技術者ではなく精神性を伴った、最後に診ていただいた癌研究会付属病院の医師のような方です。
それは、私の長年の難病体験から生まれた医師への願望が作り出す理想像であるのかもしれません。難病を持つということは、普通の健康な人では理解し難い苦悩が伴います。心身共に弱った人の特に心の弱みのところに本当に心をかけられる人間になるためには、通常の精神では為しえない、ということを多くの医師との出会いの中で知りました。
そんな折、ある医科大学の受験案内を調べていた時に衝撃的な文章を発見しました。
それは、江戸時代の医学塾にはじまる順天堂大学の受験案内でした。
そこに述べられている医学塾創立時の理念
「医師たらんと欲すれば、まず人として成らねばなりません」
そうだ、これなんだ!!! その時、ほんものに出会った震えるような感動に満たされました。
 
医科大学にゆけば、先ず基礎としてそのことが学べるに違いない。大学病院などには、そんな医師がおられるに違いない、と思って入学しました。もちろんその六年間に自分なりには、いろいろ探求したつもりではありますが、残念ながら医師に成るための「精神」に出会うことは、出来ませんでした。
それどころか、いざ卒業して医師となり、大学病院に勤務してみると、やれ業績、論文という結果をだすことに追われる毎日です。この先数十年後に待っている自分の姿を考えると暗澹たるものがありました。つまり、いわゆる地位、名誉、お金はあっても中味のない最中のような自分・・・・・・
結局のところ人生は、どんなに努力しようともこんなところでしかないのだろうか、と虚しい思いが募ってゆくばかりでした。
 
どんなに考えても、またさまざまな人に頼って話を聞きに行っても、その当時の私の疑問や不安に答えられ る方は、ありませんでした。最終的に思いついたのが、当日もお話しました、以前から時折お世話になっていた尼僧さんでした。この方ならたとえ答えにならなくとも私の悩みくらいは聞いてくださるに違いない、と思いお寺まで出かけてゆきました。・・・・・・・・・・・・・

精神科医でもあり僧侶でもある安心の住職に悩み相談をしていただけます

埼玉県行田市にある要唱寺の住職は、大学病院医師(精神科)としての経験を持ちながら、厳しい修行を乗り越え僧侶としてお寺を開いた異色の経験を持っております。なぜ、医師を辞めてまで僧侶に転身したかのエピソードをご紹介しておりますので、ご興味ある方はぜひご覧ください。
要唱寺の住職は学生時代に難病を患い、豊かな心を持つ医師と尼僧に救われた経験を持ちます。医師としての精神と僧侶の導きに感銘を受け、現在、両者の資格やノウハウ、精神を融合させた要唱寺の住職にしかできない新しいスタイルの悩み相談をご提供しております。
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