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ところが、そこに待っていたのは、寒修行というものでした。ちょうど修行期間中に訪れたために相談にのってくださるのではなく「これから修行がはじまるので参加してみませんか?」というものでした。この悩みがなかったなら私は修行などには参加しなかったかも知れません。しかし、当時は本当にギリギリの心境でした。訳もわからぬままに参加してみる気になったのです。
そこで起こったことは、もう「超」という世界です。これから先は、いわゆる日常的な世界しか信じない方は、読まない方が良いかも知れません(笑)。
その修行とは、簡単で、ただ南無妙法蓮華経とひたすら唱えるだけです。私も皆さんと一緒に唱えました。しばらくするとその尼僧さんが、私に向き合って一緒に唱えてくれました。すると間もなく不思議なことに私の合掌の下に尼僧さんの合掌の手が来て接触はないのにふわーっと私の合掌が静かに上にあがりだしたのです。それは、もうびっくりです。自分の意思にかかわらず手が動き出す、などということは、精神科医の私としてはまさに異常事態として観察されます(笑)。しかし意識は清明なので取り合えず病的ではないぞ、と・・・・・(笑)。それよりも何よりも合掌が上にあがるにしたがって今までの人生では一度も経験してい ないほど高く軽やかなしかも平安な精神状態(それまで不安や迷いを寄せ付けない。雲ひとつない澄み渡る青空のような晴れやかな心境)になってゆくのです
1時間半くらいの修行を体験した私は、もうこの不思議な体験に高揚感一杯でした。仏教や修行の知識のほとんどない私は、終了後思わず尼僧さんに「先生!!!!!私は今日、スーパーになってしまいました!!!!!」と言ってしまいました。そうしたら尼僧さんは、大笑いで「ここのお寺では、そういう修行をしているのですよ」とおっしゃいました。
 
三日目の修行の時に「今の医局は辞めても良い」という言葉が私の胸に響いてきました。それで大学病院を辞めてきたのです。
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そして、その後も日々修行を続けたのですが 、それからの修行は、怒涛のようなもので、体験することが毎日更新されるのです。ですから修行の繰り返しという退屈さもなく、私には、ぴったり納得ゆくものでした。病院をやめたからと言って直ぐに出家しましょうということではありません。もともと私は僧侶大嫌い人間でしたし・・・・・。葬式の時だけやってきてわけもわからない御経をムニャムニャと唱えて高額なお布施をとってゆく(もちろん立派なお坊さんも多々いらっしゃいます)。これほど虚しい職業はないと考えてましたので。もっともこの尼僧さんは、それらの僧侶とは大違いですけれど・・・・。
 
ともかくこの時点で思ったことは、この修行を続けたい、ということです。どんな職業に就こうとも・・・・・。
また尼僧さんからは 、「どんな職業、どんな道をゆくか、それも修行によって決めたら?」と言われ、それはごもっともと思い、修行しながら、知り合いの人の紹介などもあり、病院勤務のためにいくつか見学や面接にもゆきました。しかし、どうもしっくり来ないのです。
 
そうこうしているうちに日も経ってゆきます。お寺の人たちから「このまま居続けるとなると居場所みたいなものがないと、他人から見て『あの人何者?』と思われるし、このまま居るのなら僧侶になったら」、という話が盛り上がって、出家して僧侶になることになったのです。ですから私の場合、はじめに僧侶になりたい、というのではなく、「どんな職業であろうともこの修行を続けたい」というのが本なの です。
僧侶の資格を得るのには、それから二年かかりましたけれど・・・・・。
 
さて、問題はそれからです。ほんとうに私は、修行僧として成ってゆけるのだろうか、という疑問を抱いたことはありました。くじけそうになったこともあったり・・・・・才能がないのではないかと思ったり・・・・・。今の日本では、僧侶と言えば、葬式坊主と思われたり、宗教というだけで敬遠されたり、社会的な問題に関わる道が閉ざされたりして折角の内容をいかすことが出来ないのです。ですからやはり医師という立場の方が、やはり社会貢献しやすいのでは?と思ったこともありました。
 
しかし、他の職業にとか以前 のような医師(医業)に戻ろうと思ったことは、ありませんでした。
何故なら、修行の中で体験するものは、それまでの医師としてのあらゆる感動に比べ遥かに絶大だったからです。それは、仏法のたましいに触れたから、ということとその仏法というものが、単にひとつの事柄を表す平板なものではなく、世の中のありとあらゆる事とどんな時代の変遷にも対応する”生きた球体(←喩)”のようなものだ、ということが分かったからです。
 
仮にふたたび医業をやろうと思ったとしてもそれは、単に病気を治療する医師ではなく「いかに生きるか、たましいの躍動、死の恐怖の克服」といったことをテーマとするものになると思います。南無妙法蓮華経という瞑想法をいか す、今の日本では考えられない医師になるだろうということです。
言い換えますと、私の場合、いつも僧侶と言うか、それよりもお釈迦様の法を土台にして物事を発想している、という点が揺らぐことはなかったのです。
 
もちろん、この修行に出会う以前の私は、そんなに強い信念のある人間ではなく、何の軸もないままにゆらゆらと揺れ動き迷いつづける弱い人間でした。それは、人間そのものが変化したのではなく同じ人間が、軸を持ちながら歩みだした、と言った方が正確かと思います。
長い文章を最後まで読んでいただき有難うございました。 合掌