水子供養について

世に水子さんほどかなしいたましいは、ありませんその主な理由は、以下のとおりです。

1.流産や堕胎そのものの苦しみ
 流産や堕胎の場合の赤ちゃんの状態を私どもに置き換えるとどれくらいかと言うと、突然土石流に襲われ呑み込まれてしまうようなものです。その苦は、いかほどでしょうか。

2.人間に生まれてこそ豊かで創造的な生を送れるものを、その機会を失う無念さ
 そもそも人として生まれることは、たいへんに稀なことです。たった一度の男女の交わりの中でさえ、一億~数億とも言われる精子の中のたったひとつと卵子との出会いの確率でしかありません。いくつもの卵子、そして多数の射精の中の一度の中の億分の一ということなのですから、それだけでも人として生まれるということは、あり得ないような出来事なのです。

3.母父の愛情が受けられないくやしさ
 同じ兄弟姉妹でも生まれ出られた子らは、やれお誕生日、入学式などなど母父の多くの愛情が
注がれます。しかし、亡き霊となるとその機会は、ずっと少ないものです。通常の死に比べて1.のような特別の苦があるため余計にしっかりいやされなければならないにもかかわらず、水子さんの場合は表立っての供養を受けにくいという矛盾があります。

そして、かなしく、つらいのは、水子さんだけではありません。親御さん、殊に身体に新たな命を宿した母親のかなしみは、はかり知れないものです。

ほかのどの方でも死を迎えるということは、不安で辛く悲しいものですが、殊に上記のような状態があるので、亡きたましいも残された親御さまもねんごろに癒される必要があります。

亡き子どもさんも残された母父も共に悲しみや悔しさ、無念さを乗り越え、心やすらかに、前向きに生きてゆけるようになるためにたましいの供養というものがあります。これは、今流に言えば、深いグリーフケアの仕組みであると言って良いでしょう。

今日、上のような矛盾と苦しい事情をよいことに、いたずらに水子の恐怖をあおりたてて多額の金銭を要求するところがあり問題となっております。このようなものに惑わされては、いけません。上にも述べましたようにともに癒され、新たな信じられる人生を歩んでゆけるような心になることこそが、水子供養のほんとうの意味なのです。

当寺院では、そのために多額の金銭を求めることはありません。お布施については、昔ながらのお寺のように、供養され癒された感謝の思いを自分たちの出来るところで無理なく表していただければ、それで良いのです。

それよりも、訪れる皆様方が、ほんとうの慈しみに包まれたましいが癒されてゆくことを第一義にお考えください。そのための供養でございます。

要唱寺 住職 斉藤 大法

048-553-0949

E-メール daiho_cs@yahoo.co.jp

※供養にかかる費用については、以下の「布施について」を参考にしてください。私どものお寺の考え方が述べられています。

★カウンセリング・悩み相談事の予約については、左の「空き状況検索」からもできます。ただし、供養につきましては準備等の都合上メールまたは電話にてお申込みください。

★当サイトは、ヤフー検索「水子供養 埼玉」の一面、右側下J-wordにも掲載されています。