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2019/01/08

不信は、堕在泥梨の根元

 

前々回のブログで「信は、功徳の母」ということについて述べさせていただいた。

 

それならば、その反対もまた真実と言える。

 

「不信は、堕在泥梨(だざいないり)の根元なり」

堕在泥梨とは、地獄の苦しみの中におちる、ということである。

 

わたしは、この言葉を用いて人を脅して入信させようとする宗教の在り方には、大反対である。

 

しかしながら世の中には、いかなる人のどんな良心的なアドバイスに対しても不信を抱き続ける人がいることも確かである。

たとえば、重症の病人がいたとして良医に巡り合い苦悩を訴えたとする。良医は、懇切に薬を処方し与えたとする。でも本人が、肝心の薬を飲まなかったとしたらどうやって治すことができるでしょう。できるはずだけれども出来ない。

 

救われる方法自体は、いくつかある。あっても信ずることそのものが出来ない場合、結局のところどんな方法も救けることはできないのである。

 

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